今では育児休暇などの厚生福祉環境の充実により、育児に父親として関われる機会は増えてきたように思えます。

しかしそれでも土日と平日の朝と夜のちょっとした時間しか子供に触れられない父親が大半なのではないでしょうか。

 

 

私もそうでした。そういう触れる時間が少なかったからでしょうか。

子供が1歳を過ぎ、言葉が増え始め、そして感情の表現も豊かになり、色々なものに興味を示してくると、私は子供に色々な物や場所を見せたいという気持ちが強く沸いたのです。

1歳半ばから3歳頃までは結構な頻度で、いろんな所に外出しました。そしてそこで満足し、立ち止まっている私がそこにいたのです。

 

 

子供の成長を見逃してしまった

自分の失態に気が付いたのは本当に偶然で、車を運転している際に耳に入ってきた妻と子供の会話。

その会話の中に自分の知らない言葉が多いことに愕然としてしまいました。

 

 

そして自分が子供の変化に気付かず、子供に見せたい、子供を喜ばせたいという思いだけで一方的にいろんな所に出かけていたことに気付いたのです。

妻とは結婚するまでの時間が長かったこともあり、互いの趣味や思考をよく理解し合っていました。

 

 

そのため何処かへ遊びに行く時も互いに事前に相談もせず、簡単な了承のうえに出かけていたのです。

子供が生まれた後も妻と私の2人だけの感覚が抜けていなかったのでしょう。例えその理由が子供のためと思っていても。

 

1歳半ばから2歳のなり始め頃までならそれだけで良かったのかもしれません。

ですが2歳になり始め、少しずつ自分の気持ちを表現できる力を得、そして小さいながらも自立し始めたのなら話は変わります。

 

 

いろんな物や場所を見せたいではなく、子供が上手く表現できなくても、気持ちや言葉に耳を傾け、

そのうえで子供のための行動をするのが親としても子供にとっても最善だったのではと今にして思えます。

 

また同時にこれは子供だけではなく妻に対しても言えることです。

妻と2人だけの時の感覚が抜けず、仕事の合間の家族サービスの流れでやっていたため、妻とも土日の予定の相談などほとんどしませんでした。

 

 

でも実際は子供と触れ合う時間が多く、その変化を理解し、それに対応していた妻がもっとも子供のことを知っているのは当然で、

家族のために時間を使いたいのなら、まず妻を交えて考えるのが当然だったのでしょう。

 

自分の失態に気付いてからは、何処かに遊びに出かける時は事前に妻と子供と私で家族会議のように相談して目的地を決めました。

子供と一緒に家族みんなで出かけるのも楽しいのですが、家族で相談していろんなことを決めるのも楽しいです。

もちろん相談中にかんしゃくを起こした時もたまにありましたが。

 

 

触れ合う時間が短すぎて子供に何かしてあげたいという思いが強すぎる父親はいませんか。幼児期の子供の変化はすごいです。それを見逃すのは父親として大損に違いありません。

この時期の子供の表現が弱いからと見過ごすのではなく、しっかりと耳を傾けてあげてください。何かしてあげたいというその行動と同じように子供の主張を拾うという行動も重要なのです。